仕事好きなわたしがなぜ香港に?|編集者ママのインターナショナル子育てin香港vol.1
はじめまして。 「編集者ママのインターナショナル子育てin香港」を担当する蓮見紗穂です。わが家は夫、娘(5歳)、息子(3歳)、わたしの4人家族。香港に移り住んで、半年ちょっと経ちました。
第1回目となる今回は、『仕事好きなわたしがなぜ香港に?』と題し、 会社を辞めて香港に移住することになった経緯について お伝えしていきたいと思います。
個人的な話になりますが、よろしければおつき合いください。
◇日本での共働き生活
香港に来るまでは、2人の子育てをしながら、 東京の出版社で書籍の編集者として働いていました。「編集者」と聞くと、皆さんどんなイメージを持っているでしょうか?「寝る間もないくらい忙しいのでは?」と思っている方もいるかもしれませんね。
確かに忙しいは忙しいのですが、 短いスパンで締め切りがある「雑誌」ではなく、 1冊の製作期間が長い「書籍」だったこともあり、 自分でペースを作りやすく、育児との両立もなんとかなっていました。
ただ、締め切りのある仕事なので、どうしても残業や休日出勤をしないと間に合わないことも。夫は常に激務だったので、頼れないことも多々ありました。
そんなときは、保育園の延長保育や土曜保育を利用したり、子どもたちが体調を崩したときは、埼玉に住む母親に来てもらってなんとか乗り切っていました。
本を作る仕事は、地味で根気のいる作業の連続です。でも、著者さんの思いがひとつの形にまとまっていく過程は とてもエキサイティングで、ワクワクします。
子どもが小さいがゆえに、毎日息つく暇もなかったですし、家の中は乱れまくっていましたが、それ以上に仕事によって得られる達成感、充実感は何ものにも代えがたいものでした。
◇夫からの突然の申し出
昨年の春のことです。夫からこんな話を持ちかけられました。
「海外で働きたいけれど、今の会社だとチャンスがなさそうだから 転職しようと思っている」
「内定がもらえそうなところがあり、そこに決まると香港で働くことになりそう」
「そうなったら、子どもたちと一緒に来てほしい」
「もし(わたしが)今の仕事を続けたいのだったら、この話は断る」
夫の夢は海外で働くこと。結婚当初から何度もその話は聞いていました。当時夫が勤めていた会社では、駐在は難しくても、数週間海外に滞在することはあったし、それなりに満足していると思っていたのですが……。どうやら違っていたようです。
ちょうどそのとき、わたしは仕事がとても楽しい時期でした。進行中の企画はどれも手ごたえがあり、必ずや自分の手で世に送り出したいと思うものばかり。しかも、子どもたちが超激戦の保育園に一緒に通えるようになったばかりというタイミング(それまで2つの園の掛け持ちでした)。
やっと手に入れたプラチナチケットを安易に手放すのも なんだかとても惜しい気がしました。もし夫が「単身赴任してもいい」と言ったら、「いってらっしゃ~い!」と笑顔で手を振っていたと思います。
でも、夫にとっては自分の夢をかなえるよりも、家族が一緒に暮らすことの方が優先順位は高いようでした。夫には、「やっぱりついてこなければよかった、と思ってほしくない。もし会社を辞めて一緒に来るなら、しっかり自分自身の目的を持って来てほしい」 と念を押されていました。用意周到ですね(笑)
「むしろ可能性が広がるんじゃない? やろうと思えばなんだってできるはずだよ」 とも。前向きですね(笑)でも、基本的にマイナス思考のわたしにとっては、移住によって手に入るものよりも、失うものの方が多い気がしたのです。
それまでは、何か大きな選択をしなければならないとき、 誰かに相談することはあっても、最終的には自分の意思で決断してきた、という勝手な自負がありました。ところが今回は、夫の意思や子どもたちの未来を優先しなければ、いや、優先したい! と願う自分がいました。
そして思いました。「ああ、家族って運命共同体なんだなぁ」と。結婚して、しかも子どもが生まれて数年経っていましたが、本当の意味で「家族」を実感したのは、移住の決断をしたこのときだったかもしれません。
◇会社を辞める決断、仕事を続ける決意
本を作る仕事に愛着があり、稼ぐ力を失うことにも不安があったので、会社を辞めることは自分にとって大きな決断でした。しかし、折しも出版業界は下降の一途……。厳しさを増す状況下で、わたしができることは一体なんだろう?香港への移住を考える前から考えていたことですが、 答えは依然として見つからないままでした。
「売れる本だけ出すように」というプレッシャーが日に日に強まり、企画を出し続けることに疲れを感じていたのも事実です。インターネットが発達している現代、パソコンと携帯があれば、編集という仕事を続けるのは不可能ではありません。
「よし、じゃあやれる範囲で仕事を続けながら 自分だからこそできることを探ることにしよう」
「会社は辞めても、仕事は辞めなくていい」
そう考えると、気が楽になりました。
夫はさっそく転職の手配を進めました。そして、平日は香港やアジア近郊へ行き、週末に帰れるときは自宅に戻るという二重生活がスタートしたのです。わたしは年末まで約半年間、ほぼ母子のみの生活を続けながら 納得いくまで仕事をすることができました。そして今年2月、香港へと渡ったのです。
今後は香港の子育て事情や、子どもたちの英語教育について お伝えしていきたいと思います。どうぞお楽しみに!
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◆蓮見紗穂(はすみ さほ)
埼玉県出身。
2010年生まれの娘と2012年生まれの息子の母。東京の出版社で編集者として勤務後、夫の転職に伴い、2015年2月から香港在住。現在は、2児のハハ兼フリーランスの編集者として地道に活動中。
https://www.facebook.com/saho.naito.94